最初働こうと決めたときは、娘は2歳で、まだ離婚していませんでした。
当時、家計は全てだんなが握っていて、毎月数万円を渡されて生活していました。そこで、自分で働こうと思ったのですが、だんなの所得が高かったため、公立保育所は3歳未満は8万とか言われました。
そんなの毎月受け取る生活費より高いじゃん・・・ということでしかたなく無認可の託児所に預けることにしました。
費用は毎月3万円くらいで、マンションの広めのフロアを使った、お庭はないところでした。お昼は給食センターから配達されていて、保育士さんが何人かいました。
当時8万くらいの収入のなかから、保育料を支払い、残りを生活費にしました。
満3歳になったとき、市立の保育所に申請をだし、入ることができました。
公立の保育所はお庭もあって、給食やおやつも施設内で、専門の職員の方が作っていました。
赤ちゃんから年長さんまで、それぞれがふれあったり、一緒に遊んだりして、のびのびとすごすことができました。
費用のほうは、そのころは父の家へ戻り別居していて、当然仕送りなんてなかったので、自分の収入を基準に保育料を算定してほしいと、市役所に交渉し、そのようにしてもらいました。
福祉関係の窓口には自分から相談しないといけないな〜と思いました。
そのうちに、転職し、定時が遅くなってしまったので、お迎えに間に合わなくなってしまいました。
どうしよう・・・とあせっていたのですが、そのころファミリーサポートセンターが発足したんです。さっそく、市の女性センター関連の窓口に問い合わせて、近所の年配のかたにお願いすることになりました。
登録会員の方はみな、お子さん方を育て上げた人たちなので、小さい子をことのほかかわいがってくださいました。
そういえば、保育所へはいつも自転車のうしろに子どもを乗せて通っていたのですが、雨のときは、子どもは後ろで傘をさしたりしてたんですが、自分は傘がさせなかったです〜。雨のときは早く出て歩いていけばいいんですけどね・・・
ちょっと前のことなのに、高学年になった今、とても昔のように感じ、大変だったけれど、とても懐かしい日々です。
*保育所ヒストリー*